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とある編集者の晒しな日記

コンクリートジャングル東京の編集プロダクションに勤めるライターの実験室

【教えて!はてな】ハゲやヅラが「悪」みたいな風潮ってどうなの?

ファッション 社会経済

久しぶりにセンシティブゾーンに切れ込みます。
これは常々思っていたことなんですが、頭髪が薄い方やカツラを付けている方が虐げられている傾向があると思いませんか?

 

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1.なぜハゲやカツラが排斥されるのか

この記事は「頭髪が薄い方やカツラを付けている方が虐げられている」傾向があるということが前提のため、これが崩れては意味がありません。

 

相手の顔が見えないにも関わらず、「黙れハゲ!」、「うせろハゲ!」といった、相手を罵倒するような表現がネット上で散見されます。また、明らかにカツラを着用しているとされている有名人が、そのヅラと思われる頭髪をネタにされ、ネット上で弄ばれる映像などが話題になったりすることもしばしばあると思います。

 

なかにはハゲやカツラをまったく意に介さない、もしくは周囲も気にしないような方もいらっしゃると思いますが、基本的に、薄毛やカツラの方は、社会的に分が悪い状況に置かれることがあるのは事実といっていいでしょう。

2.身体的に改善しなければいけないハンディキャップなのか

そもそも、頭髪は年齢とともに薄くなっていって当然です。この、年齢とともに現れる身体的特長は、改善すべきものと抗えないものがあると思います。

 

例えば、成人病のリスクは年齢とともに高まります。若い頃まではムリの効く暴飲暴食といった不摂生は、改善の余地があると思います。是正されてしかるべきものと周囲が指摘することにも十分納得がいきます。

 

しかし、薄毛の進行を薬剤を使って抑えることができたとしても、薄毛そのものを止めることは、男女問わずできないはずです。

3.カツラを隠すことのデメリット

薄毛、もしくは脱毛した頭皮を補うのがカツラだと思います。真偽のほどは別として、明らかにカツラを着用されているように見える有名人の方っていますよね?

 

例えば、芸能人ともなると、薄毛を植毛やカツラなどで補っている方が多いと思います。イメージが大切な世界なので、若々しいイメージや年齢とともに見せる衰えを画面を通して視聴者に見せられないという事情はよくわかります。

 

しかし、なぜそれを隠さなければならないのでしょうか。カツラを隠すことのデメリットはいくらでも思い浮かびます。

・カツラが取れるハプニングの可能性が常につきまとう

・周囲が髪の毛の話題に対して気を遣う

・「やましいことのある人」「隠し事のある人」というイメージがつきまとう

・ネット上でネタにされる

・ネタにされることで要らぬ誹謗中傷を受ける

軽く思いついただけでもこれだけ列挙できます。こうしたリスクを抱えてまでカツラや植毛を隠し続けながら生きていかなければならないのでしょうか。それとも、彼らは「何も隠しているわけではない」スタンスの方ばかりなのでしょうか。

4.カツラは「ファッション」という位置づけでいいのではないか

私は「カツラ」、「ヅラ」というネーミングにネガティブなイメージが固定化されてしまっていることに問題があると感じます。いっそのことこの悪いイメージを払しょくして、白状してしまった方が本人も周囲も楽になるのではないかと考えます。

 

例えば、植毛を女性と同じく「ヘア・ウィッグ」、カツラを「ヘア・アクセサリー」といったようにネーミングを変えてオシャレの一部にしてしまってはどうでしょうか。そしてカミングアウトしやすい雰囲気を醸成する。

 

元来、「カミングアウト」という言葉が適切かどうかすら定かではないのですが、隠さなければならない現実からして、私は非常に不思議に思います。女性の植毛やウィッグは許されて、男性のカツラや植毛はうしろめたい印象を与えるという風潮がよくわかりません。

5.結論

「ハゲ」の悪しきイメージというのは、いわゆるハゲ散らかしているという不衛生に見えることに由来しているのでしょうか。私はまだカツラのお世話にもなっていませんし、万が一ハゲた時のことを想定して、スキンヘッドにもチャレンジしたことがあります。

 

しかし、薄毛の医学的なメカニズムは別として、「ハゲ」や「カツラ」はカッコ悪いみたいな風潮から、そろそろ卒業してもいいのではないかと考えています。仮に加齢によるものだとしても、薄毛は大抵、誰しも避けては通れない道だと思います。

 

むしろ、人間の身体的特長をあげつらって非難する感覚の方が不思議でなりません。生理的に受けつけないという方がいるのかも知れませんが、耐えがたいほどの嫌悪感を抱くのであれば、視界に入れなければいいだけです。むしろ、多様化の進む現代社会において「ハゲ」や「カツラ」すら受けつけない方のほうが、了見が狭いのではないかと思ってしまいます。多様な人間を受け容れることができる受け皿こそが、成熟した社会だとは思いませんか?

 

この問題ひとつを取り上げて社会全体を語るつもりはありませんが、こうした考えの積み重ねで、成熟社会の大人としての在り方を模索していきたいと考えています。