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とある編集者の晒しな日記

コンクリートジャングル東京の編集プロダクションに勤めるライターの実験室

「デキ婚」って死語だよね?

てっきりこんな言葉は廃れたものだと思っていたが、検索すると結構扱われているテーマなので言及したい。

 

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できちゃった結婚、いわゆる「デキ婚」は妊娠をきっかけにして結婚することを言うのだが、「デキ婚」を自認しているならともかく、第三者が邪推し「デキ婚」と断定するのはおかしい気がする。

 

今回はこの「できちゃった婚」という言葉になぜ違和感を覚えるのかについて、簡単に考察していきたい。

1.結婚と妊娠に必ずしも因果関係はない

妊娠をきっかけにして結婚したカップルを詰問すれば、大概は「できちゃったから結婚したんです」と答えるのかも知れないが、「できちゃった」という表現は「できてしまった」という失敗に似たニュアンス…というかまるで避妊に失敗したような表現ではないだろか。

 

中には子供が欲しくて結婚するカップルもいるはずなのに、結婚してから妊娠という手筈を踏まない結婚は全て失敗したような表現は必ずしも当たらないだろう。

 

もっと言ってしまえば、妊娠したからといって必ずしも籍を入れなくてもいいのである。「妊娠したけど籍は入れない」と女性に言われたらさすがに金銭面や父親に関して心配にはなるが、妊娠したから籍を入れることは何も恥ずべきことではない。

2. 結婚よりも妊娠の優先順位が高い場合もある

晩婚化が進んでいるため、30歳を半ばも過ぎると子供が欲しいという思いは切実なものになるはずである。私は男性であるが他人事だとは思わない。

 

30代後半の知人女性は「子供だけでもいいから欲しい」と言っていたが、焦る気持ちがわかると同時に、そんな勇気も覚悟もない自分が情けない気持ちになった。なにも当人から私の子供が欲しいと言われているのではないのだから、勇気も覚悟も必要ないのだが、同じくいつか子供が欲しいと思っている者としてはなんとかしてあげたいと思うのが人情というものだろう。

 

当人からすれば余計なお世話かも知れないが、子供が欲しいから結婚よりも先に妊娠したとしても責められるべきことではないのではないだろうか。「結婚⇒妊娠」という手順を踏んでいたら手遅れになってしまう可能性だってあるのだから、妊娠をきっかけにして結婚することは何もやましいことではなく、むしろ喜ばしいことのはずである。

3.世間体を気にしている時代ではない

「デキ婚」は計画性がないとか、親族の見る目が厳しいなどといった世間体を気にする向きがあるが、結婚と妊娠はそれぞれ独立した事象である。

 

結婚したら子供を作らなければならないものではなく、妊娠したら結婚しなくてはならないものでもないのである。結婚も妊娠もそれぞれ祝福すべきことであり、「結婚してから妊娠する」ということで完結するものではない。

 

ましてや、LGBTが叫ばれて久しい今日、個人の価値観というのは多様化しているのだ。「世間の目」を個人に押しつけて抑圧する時代は終わったのではないだろうか。

4.「デキ婚」の代わりになる言葉はあるのか

今では「デキ婚」に代わって「授かり婚」や「おめでた婚」などといった言葉も使われ出しているが、前述したように結婚と妊娠の間には必ずしも因果関係はない。あったとしても双方とも祝福すべきことに変わりはない。

 

ならばどういう表現が正しいのか。

 

単に「結婚と妊娠おめでとう」でいいのではないだろうか。長くて言いづらいというのなら、「妊娠してしまったから結婚する」という表現を忌避するためにダブルおめでたで「ダブおめ」でもなんでもいい。流行らないこと請け合いであるが。

5.気にならないかと言われれば気になる

もちろん俗物根性としては結婚が先なのか妊娠が先なのかというのは気になる。避妊に失敗した結果だとすれば離婚率や夫婦生活に影響することも容易に想像できる。だが「デキ婚」というのは当人たちの前では口が裂けても言えないだろう。

 

自嘲して本人たちが言うのならともかく、「あの二人はデキ婚」と陰口を叩くくらいなら、「デキ婚」という言葉は必要ないのではないだろうか。

 

宗教的な理由ならともかく、結婚しなければ子供も作れないというのが常識であれば晩婚化も少子化も進むばかりである…ということで「デキ婚」は死語でOK?